- Vol.65 june 2008 - |
子育ての心、保育の心 18 |
(社)全国ベビーシッター協会 会長 |
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| さて、幼児期から学童記の段階にある子どもたちの三つの感覚的協応の特徴を取り上げながら、ベビーシッティングを行う際に大切な事柄について、さらにふれていきたいと思います。 保護者からの依頼を受けてその家庭にベビーシッターが訪れる機会は、三つの感覚的協応、つまり触覚的協応(両者が肌を触れ合わせようとする関係)、視覚的協応(両者が眼と眼を見つめ合う関係)、聴覚的協応(両者がその声とくに子どもの場合は声なき声も含めてそれを通じて語ろうとし聴こうとする聴き取り合う関係)の経験を重ねながら、子どもが第一の安全基地、そして第二の安全基地を形成する途上にあったり、その形成がなされつつある過程において生じることが圧倒的に多くみられます。 保育所など、日々保育者が子どもとかかわる環境にあっては、母親などに加え、最も深くかかわっているある特定の保育士などが、第一の安全基地のひとりとして子どもの心に深く刻まれることがないわけではありません。 |
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| 嘗ては、愛着(アタッチメント)の対象は、実の母親であることを前提にして考えられることが多かったのですが、しかし現在は、このような保育士などが愛着の対象となり得ることが検証されつつあります。 子どもは人生の初期にあるほど、実の親であるかないかの如何にかかわらず、これまでにふれてきたような三つの感覚的協応を深々と体験することを基盤にして、その子ども自身が自分を本質的に愛し信頼してくれており、自分を本質的に受容し肯定してくれると心理的に受けとめている特別の人物に愛着を形成していきます。 このような人物を、筆者は心理的親と呼んでいます。 |

| 日々、継続的に子どもとこのような関係を持ち、しかも一日の目覚めている生活のなかで、接触している時間が実の親よりもはるかに長い保育士が、このような心理的親になり得ることがあります。 その深い関係は、実の親との関係とともにその子どもの生きる力や人間形成の基盤、そして本来もっている可能性を開花させる上で大きな意味をもつものです。 ベビーシッターの場合はどうでしょう。 在宅保育は、集団保育の場とは異なり通常は子どもの自宅を訪問して、ひとりのあるいはきわめて少数の子どもを個別的にしかも家庭的に保育を行うところに大きな特徴があります。 最初の訪問の機会、子どもが保護者とくに親から引き離されるという状況は、家庭外の保育環境と異なり自らの生活の基盤である家庭内でのことですので、子どもの心理にはおのずから異なるものがみられます。 |
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| 在宅保育の場合はむしろ、直接的な安全基地としての人物が傍らにいなくても、間接的な安全基地あるいは仮の安全基地としてその役割を果たすことが、求められます。 それぞれ個性の特徴をもってベビーシッターを迎える子どもたち。 どのような人にもあまり人見知りや臆する気持ちをみせずにすぐ馴染もうとする子ども、あるいは不安げにベビーシッターから身を離しつつ様子をうかがう子ども、いかにも斜に構えた風に無関心さを装う子ども、むしろかかわることを拒むかのように振る舞う子ども。 さまざまな子どもとふれあうことになるでしょう。 また、スポット的な求めに応じ、その子どもとのふれあいがたったイ一度の場合もあるでしょう。 逆に毎週定期的に息の長いふれあいをもつ場合もあるでしょう。 |
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| いかなる子ども、いかなる場合であっても、ベビーシッターは、第一の安全基地となっている人の代わり得る穏やかなさざ波のような安定した、そして心安らぐ基地として子どもとかかわる知識、技術、マインドを備えていることが必要です。 三つの感覚的協応を基盤とした心豊かなケアの展開が、第一の安全基地となる人とともに、銘記しておく必要があるでしょう。 とくに第二の安全基地となり得る人は、自分を肯定し、信頼し、見守り、励ましてくれる人です。 実の母親、父親に限らず、ベビーシッターのような人は、このような面で子どもにプラスの影響を及ぼすことが多いといえるでしょう。 |

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網野武博(あみのたけひろ) 東京大学教育学部教育心理学科卒業。厚生省児童家庭局児童福祉専門官、日本総合愛育研究所研究第5部長、調査研究企画部長、東京経済大学教授、上智大学教授を経て、現在、東京家政大学教授。中央児童福祉審議会委員、東京都児童福祉審議会委員長、日本子ども家庭総合研究所客員研究員、日本福祉心理学会常任理事、全国ベビーシッター協会会長 |
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abainfo@netcircus.com |